始原の言語・日本語の可能性~(3)2重母音が作り出すやわらぎの意識

始原の言語・日本語の可能性~(3)2重母音が作り出すやわらぎの意識

日本語は母音言語が特徴的ですが、母音といえばアイウエオ、さらにそれを特化した2重母音といいう子音があります。
ヤ行とワ行です。
この2重母音の行は他の子音群にはない特徴を示しています。単純なひとつの感情だけでなく重層した微妙なニュアンスの表現を求める日本人を現す特徴的な言語のひとつかもしれません。今回はその2重母音の子音であるYとWを紹介したいと思います。
同じく黒川伊保子氏の著書「日本語はなぜ美しいのか」から紹介していきます。
【Yの揺らぎ】
「クヨクヨはK音じゃないの?強いドライなはずのK音が、なぜ優柔不断の擬態語に使われているんだろう?」と疑問を感じた方はいるだろうか。その気づきは、相当いいセンスです。
クヨクヨの2拍目と4拍目に使われているY音は、母音イから他の母音への変化で発音する、2重母音ともいうべき特殊な子音である。母音イからアヘへの変化「ィア」で発音しているのがヤYa、母音イからウヘへの変化「ィウ」で発音するのがユYu、母音イからオヘの変化「ィオ」で発音するのがヨYoである。
緊張のイから緊張緩和への変化が身上の発音体感なので、やわらぎの意識を作り出す。優しさとやわらかさ、弛緩とうやむやの音なのだ。他の音素と組み合わせて使えば、揺らぎを作り出す。このY音を偶数拍に使った擬態語には、ヒヤヒヤ、スヤスヤ、ソヨソヨ、クヨクヨなどがあるが、これらはすべて、揺らぎの様相を表している。
ヒヤヒヤの揺らぎは、熱量の揺らぎだ。ヒリヒリはひたすら熱いが、ヒヤヒヤは熱かったり冷たかったりする。あるいは気持の揺らぎ(「危なっかしくてヒヤヒヤする」)にも使われるが、この場合も、緊張と緊張緩和の揺らぎを表す。
(中略)
さて、問題のクヨクヨだが、ものごとをしっかり受け止めるクの意識をヨが揺るがせている。「決心したかと思ったら、また迷う」という頼りなさを表しているのが、クヨクヨなのである。強くドライなK音が、優柔不断を表す擬態語に使われている理由は、このように、偶数拍のY音の揺らぎ効果との組み合わせにある。 
安らかな寝息の擬態語である「すやすや」は吐く息の音スと、それをやわらげるヤによって吸う息を示唆し、安定した呼吸を表現している。「ソヨソヨ」は風が吹いたりやわらいだりする、心地よい微風の様子であり、このように偶数拍のY音は、例外なく、奇数拍のイメージに揺らぎを与えている。
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クヨクヨ、スヤスヤ、ソヨソヨ・・・なるほどですね。
他にもウヨウヨ、ナヨナヨ、ヨチヨチ、ヨロヨロ、ヨタヨタ、ヤレヤレ、ユルユルなどどれも実に揺らいでいますね。次にもう一つの2重母音Wを見ていきましょう。

【Wの攪乱】
Wはウから別の母音への変化で出す音である。現代日本語の文字として正式に存在するのはウからアへの変化「ゥア」で発音するワWaと、ウからオへの変化「ゥオ」で発音するヲWoだけだが、外来語が多くなった今では日本人もWiとWeを難なく発音している。
Uは内向する意識を作り出す。Wはその内向する意識が一気に解けるためワクワク、ワイワイ、フワフワのように、外に向かって膨らむ意識を喚起する。
まるで雲のように、ムクムクと湧き上がるような発音体感である。このため、Wは偶数拍に使われる擬態語では、Wは整然とした動きを攪乱する役割をする。ソワソワは気持ちが乱れて落ち着かない様子、シワシワは布や皮膚の表面の乱れた線を表す。フワフワも、気持ちや行動が定まらない様子に使われる。YもWも母音変化で出す音なので、やわらかさをもっているのだが、一見似ているようで、まったく違う。
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Yはやわらぎと揺らぎ、Wは膨張と攪乱の語感なのだ。ソヨソヨとソワソワを比べてみれば、その違いは一目瞭然である。擬態語における発音体感の正確な使われ方にちょっと驚きませんか?そして何よりも注目すべきはソヨソヨとソワソワを、誰に意味も教わらずとも使い分けてきた、私たち自身なのじゃないだろうか。

YとW、実は子音でありながら子音ではない。これが今回得た発見です。
母音を重ねて使っている内に誕生した新たな言語、そんな印象を受けます。この2重母音という概念を抑えておく事が以後の日本語の解明に一役買う予感があります。